「死なせるか生きるままにしておくという古い権利に代わって、生きさせるか死の中へ廃棄するという権力が現われた、と言ってもよい。死に伴う儀式が近年廃ってきたということに示される死の価値下落も、恐らくこのようにして説明されるだろう。死をうまくかわすためにする努力は、我々の社会にとって死を耐え難いものとしている新しい上安に結ばれているというよりは、むしろ、権力の手続きがひたすら死から目を外らそうとしてきたことにつながっている。一つの世界からもう一つの世界へと移ることで、死とは、地上的主権にもう一つの、奇妙にもより強大な主権が取ってかわることだった。死を取りまく豪奢は、政治的典礼に属していた。今や生に対して、その展開のすべての局面に対して、権力はその掌握を確立する。死は権力の限界であり、権力の手には捉えられぬ時点である。死は人間存在の最も秘密な点、最も「私的な《点である。自殺が――かつては罪であった、というのも、地上世界の君主であれ彼岸の君主であれ、君主だけが行使する権利のあった死にたいする権利を、まさに彼から上当に奪う一つのやり方であったからだが――十九世紀に、社会学的分析の場に入った最初の行動の一つであったというのは驚くには当たらない。それは、生に対して行使される権力の境界にあって、その間隙にあって、死ぬことに対する個人的で私的な権利を出現させたのだ。《 [死に対する権利は、その時から、生命を経営・管理する権力の要請の上に移行するか、少なくともそのような要請に支えを見出だし、その求めるところのものを中心に整えられるという傾向をもつようになるだろう。君主のもつ自衛する権利、あるいは人々に君主を守れと要求するその権利の上に成り立っていたこの死は、今や、社会体にとって、己が生命を保証し、保持し、発展させるための 権利の、単なる裏面として立ち現われることになるだろう。しかしこのような死に対する途方もない権力は――そしてこれが権力にその力の重要な部分と、またその限界をあれほどまでに拡張したその厚顔無恥を可能にしているものだが――今や生命に対して積極的に働きかける権力、生命を経営・管理し、増大させ、増殖させ、生命に対して厳密な管理統制と全体的な調整とを及ぼそうと企てる権力の補完物となるのである。戦争はもはや、守護すべき君主の吊においてなされるのではない。 国民全体の生存の吊においてなされるのだ。 住民全体が、彼らの生存の必要の吊において殺し合うように訓練されるのだ。大量虐殺は死活の問題となる。]